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早いもので思い起こせば8年、あるいは4年・・書いておくものだね育児日誌とブログ [にっき]

気がつけばもう2010年になってから既に1ヶ月経とうとしている。
早いものですねぇ・・・
21世紀になってからだってもう10年にもなるものね、
年とる訳だわこりゃぁ。

ってな今日この頃、この間ふと三軒茶屋へ行くのに使う電車ってなんだっけ・・・
って思ったんだけど、ど〜しても出てこないのよ、路線名。
やだわ・・・年のせいかしら・・・
やっぱこ〜ゆ〜時って頑張って自力で思い出さなくちゃぁ・・っと
奥歯にものが詰まった状態で小一時間過ごしたkomadamuです。
そうよ、あの下高井戸から三軒茶屋まで走るあの路線は・・・
・・・・・・・そういや以前書いたよな、玉電の話。
玉電までは出てくるんだけどなぁ。。。。。

正解は、世田谷線でした。
ホントこれって年のせいだろうか・・・ヤバいなぁ・・・

と、記憶に関してめっきり弱気になっている私のもとに先日娘が
親に「小さかった頃の話」を聞いてレポートせよという学校の宿題を持ち帰ってきた。
う〜〜〜〜ん。齢8歳にして過去の話かぁ。。。
いや、勿論たくさんの思い出はありますよ。
ありますけどね、年のせいか記憶が曖昧で・・・
昨日発言したことさえ、真逆の意見を押し通す今日この頃の私。
さて・・・思い出せるのだろうか・・・

ということで、さっそく娘のインタビューが始まった。
娘の質問はまず核心からいきなり攻めてきた。
「生まれた時はどんなだったぁ〜?」
う〜〜ん。
混迷する記憶を掘り起こすべく思い出の旅に出る私・・・
そうだわアレアレ。あれがあるじゃない!・・・と
押し入れから山ほどのノートを引っ張り出した。
なぜならそれらには、出産前から出産後の育児の記録が記されていたからだ。

実は、妊娠8ヶ月頃(だったよな)から切迫早産で長期にわたって入院していた私。
切迫早産ともなると、歩いていいのはトイレとシャワーの時だけってくらい
安静を強いられていて、そりゃぁもう入院中は時間を持て余していた。
テレビだって有料だから、そうそうつけっぱなしにもできないし、
本だって一日中読めば疲れる。
大好きな昼寝をしてもいいのだが、そうなると夜中眠れない・・・
となると、夜食も食べられないから(妊娠中毒症も併発していて食事制限されてたし)
それは辛い・・・で、書いていたのよ日記を。
ミミズが新体操でもしてるかのごとく文字で(つくづくパソコンって楽)。
看護士さんが来てこれこれこう言ったとか、今日のお昼は何食べたとか、
まぁ他愛のない日々の記録ですわな。
そうでもしてないとヒマでヒマで、が今読み返すと面白い。
隣の妊婦さんのお見舞いの漏れ聞こえてくる会話の様子とか(スミマセン)
トイレに行った回数とかまで記録してある。
ホントやる事なかったのね、あの頃。
でもおかげでいい思い出になってます(笑)。

そして娘が生まれたあの日は、早朝からの陣痛に始まった。
やがて怒濤の苦しみが始まったというのに、
あいにく陣痛室が満室でしかたなく自分の病室のベッドの中に一人放置され、
気がつけば「生まれそ〜」ってことで
ドラマERのごとくあっという間に分娩台へ運ばれ、
あげくにうまく息めなくて産科の先生にお腹を推されて出てきた我が子。
ところが産道でのストレスが原因かなんだか分からないが、
いくら待っても娘の泣き声が聞こえてこない。
私と言えば出産の痛みと心配で泣き続けた5分間、長かった〜。
やがてなんとか無事な様子で助産士さんに抱かれて対面したちっちゃな娘・・・
あぁぁぁぁ・・・・いま思い出してもウルウルくるわぁ〜〜〜〜

nyuuin.jpg

なぁんて、一人思い出に酔っていると娘が、
「で、私はどこから生まれてきたのぉ〜〜?」などと
親を絶句させる質問攻撃に出てきた。
う〜〜〜〜〜ん。それは質問事項に入っていないだろうとスルーして、
まずは質問項目1つ目クリア[手(チョキ)]

と、おやつをむしゃむしゃ食べながらさらに娘は質問してくる。
「小さい頃の思い出ってなんかあるぅ〜[るんるん]」(いっ今だって小さいだろっ[exclamation×2]
さて、思い出っても山ほどあるしなぁ・・・

そこで、今度は育児日誌をひも解いてみる。
出産後の育児の日誌第一期、最初の一ヶ月は出産前の勢いで
事細かにコメントが書いてある。
というのも、娘は低体重で生まれたためNICUに3週間ほど入院していたから
毎日の面会での感想や母となった思いが綴られている。
あぁ、私も人の親になったのねぇ・・・などと読み返すも、
無事退院してからはというと、授乳やらオムツ替えやら家事やらなんやらで
想像していたよりもハードな日々が訪れた。
なので、育児日誌も文章ではなくタイムテーブルみたいなメモ状態に・・・
でもちっちゃい赤ちゃんだったから心配だったんでしょうねぇ、
飲んだミルクの量や体重やお昼寝している時間まで細かに記録している。
いっ今では考えられないほど几帳面な私。

っと走馬燈のようによみがえるドタバタしていた育児の日々・・・
(って走馬燈って最近見かけないなぁ・・あるのかなぁ・・・)
そうそう、初めて寝返りうった日、お座りした日、ハイハイした日、
歩いた日が・・・おぉちゃんと書いてある。
書いておくものね育児日誌!っと思いつつ次なる記録に手を伸ばす。

育児日誌第二期に当たるのは、保育園の連絡帳。
娘は1歳3ヶ月から週3日の一時保育に、
そして3歳からは毎日保育園に通う日々が続いた。
そして連絡帳には母からは家での様子が、
保育士さんからは園での生活の様子が綴られている。
それを読んでいけば、いつ何ができるようになったとか、
お友達とこんな遊びをするようになったとか、
今日こんな可愛いことを話したとか、苦労したトイレトレーニングの様子まで
母と保育士さんとの間に交わされた愛情あふれるやりとりが
これまた十数冊にも及んで記されている。
思えば、これって私の人生の中で学生時代をのぞいて
一番文字を書いていた時期かも、もうこんなに書くことってないだろうなぁ・・・
(なにしろ今では手書きだと近くの文字が・・・ぼやけて(汗))。

こうして見るとほんわか胸が温かくなるわ〜
この子はこんな風に成長していったのねぇ〜〜っとね(しみじみ・・・)。
ホットミルクを飲んで口の周りを白いヒゲで飾っている娘の顔を見る。
そういやいつまでも粉ミルクを卒業せず、
しまいには哺乳瓶でラッパ飲みしてたっけなぁ(しみじみ・・・)

そんなこんなで、とりあえず小さかった頃の思い出話は、
初めて歩いた人初めて自転車に乗れた時の思い出あたりで娘の宿題はコンプリート。
っていいのか[exclamation]たくさん思い出やエピソードがあるのにそんだけで[exclamation×2]
っと思う母をよそに、作文を書くのが面倒くさいとばかりに
娘はさっさと書き上げていた。
まだまだいっぱいあんのにぃ〜〜〜〜[どんっ(衝撃)]
あっ[目]とっととテレビをつけて「ゼンマイざむらい」なんぞ見とる(怒)[むかっ(怒り)]

まぁ、そんな娘はほっといていろいろ考える。
そういや小学校に入ってからというもの、連絡帳も無くなって、
(あるにはあるが、欠席の報告とか事務的なやり取りのみの素っ気ないもの)
小学校での様子は娘のおしゃべりからしか伺い知れなくなった。
ま、少しずつ親から離れて自分の世界へ巣立っていくのは結構なことだが、
それはそれでちょっと寂しいなぁ・・・なんか小学校って味気ない。
そりゃぁ勉強を教えるのが本分だろうが、もちっと様子が分かると安心なんだけどなぁ。
まぁ我が子の通う小学校は都心では珍しいマンモス校。
クラスに40人近くいるんだから、先生だって一人一人に
きめ細かい対応なんて無理というものよね。
学童だって1年から3年生まで100人近くいるもんだから、
ちっとも様子が分からない。
お迎えにだっていかなくなっちゃったから、他のお母さんたちや
先生や指導員の人たちとのコミュニケーションも皆無に等しくなっちゃったし。
なぁなつまんない。
やっぱ小学校に上がるまでが、育児で一番変化に富んだ
楽しい時期だったのだろうなぁ・・・コマメに書いといて良かったわ。
そんなこんなで、宿題のおかげで改めて娘の成長を確認したkomadamuでした。

っと、先日のことso-netさんからのメールで
このブログをはじめてから丸4年経ったことに気がついた。
いやぁ、これまた早いもので・・・
記事の記録を見てみれば2006年1月18日に初投稿している。
そういや、前回の冬季オリンピックのことも話題にしているわ〜
(4年を実感・・・今回も復活プルシェンコが楽しみだわ[黒ハート])。
とはいえ、私の方の記録と言えば、のらりくらりとしたブログ更新で、
娘の育児日誌にはほど遠く俄然マメ度が低い、たいした成長もしていないもので、
まぁそこはそれ、そこのころ思っていたことハマっていたこととか
とりあえず分かる程度なんだけど、でもなんとなく分かる私の4年間。
娘の育児日誌で筆まめパワーは出しつくした感もあるが、まぁそれでも
こんだけ年取ってればゆったりと、頻繁になってきた物忘れと闘い、
せめて記憶が後退しないようにマイペースで更新していければいいかなぁ・・・と
これまたとしみじみ思うkomadamuでした(笑)。

あっそんな訳で、大変遅くなりましたが今年もこの調子で
のんびりといきますが、よろしくお願いいたします。
komadamu。

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あきんたん

> 「で、私はどこから生まれてきたのぉ〜〜?」などと
> 親を絶句させる質問攻撃に出てきた。

幼稚園児の頃、この質問を母にしたところ、
「おしっことウンコするところの間に
 赤ちゃんが生まれてくる道があって
 そこから、生まれてきた」
と、答えられ、
??? に、なりました。

何年か後、引越しをするために荷物を整理していたら、
性教育の本みたいなのが、母の荷物から
でてきまして・・・
子どもにそういうことを聞かれたら、
こう答えましょうと書かれてあって、
(そのとおり、答えていたのでした)
なんか、笑った。
まあ・・・そうなんだけど、この答えでは、
子どもは混乱しますよ。
とはいうものの、うまい答えを思いつかず・・・
私も子どもに質問されたとき、こう答えてしまいました。


育児日誌つけていて、すごいですね。
いい思い出になってますね。

by あきんたん (2010-02-01 16:30) 

komadamu

あきんたんさん!こんばんは♪
そですか〜お母さんの返答、私も参考にさせていただきます(^o^)/。
まぁ子どものうちは想像もつかない世界なんでしょうが(笑)。

育児日誌は本当につけてて良かったです。
娘が大きくなったら自分で読んで欲しいものです・・解読できたらですが(笑)。
by komadamu (2010-02-01 16:48) 

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